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楽しみは「ぶら~り旅」にて見聞き知り、備忘録にて残す時。

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ストレス解消に、気ままなぶら~りと黄色いアウディA4&青いジャイアントESCAPE AIR→青いルノーカングー&青いトレックEMONDA ALR5レポ。

山里口御門 完成式典

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御廊下橋の復元完成式から10年、、、福井城のほんの一部ですが、新たに復元された箇所の完成記念式典の案内が届きましたので、式典会場へ行くことにしました。
福井藩越前松平家の当主が本丸へ登城する際に、御廊下橋の次に通る「山里口御門」が復元されたのですが、、、復元に当たってかなり早い時期に私は「山里口御門復元整備募金」へ寄付をしたので、案内が届いたのです。




10年前に完成した御廊下橋は良い具合に褪せているのとは対照的に、出来立てピカピカの山里口御門が既に見えてます。
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式典会場受付で、案内を確認してもらった上で資料などをいただきます。
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まだ誰も座っていない会場は、こんな状況。
10年前とは違い、天気に恵まれました。
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会場の紅白幕の前には、『幕末明治福井150年博』の各会場を示すボードと、、、
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幕末維新における越前若狭の偉人たちの功績を紹介した6枚のパネルが目を引きました。
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①松平春嶽(慶永:福井藩第16代藩主、江戸幕府政事総裁職、参議、議定、民部卿、大蔵卿)
②橋本左内(綱紀:福井藩医、藩校明道館学監心得、慶永側近)
③由利公正(三岡八郎:福井藩士、慶永側用人、参与、東京府知事、貴族院議員)
④梅田雲浜(義質:小浜藩士、藩塾望楠軒講師)、
  内山良休(大野藩士、勝手方一向奉行、財政責任者)、内山隆佐(良休弟:北蝦夷地警備開拓責任者)
⑤横井小楠(時存:熊本藩士、福井藩校明道館御用掛、福井藩政治顧問、参与)
  中根雪江(師質:福井藩士、慶永側用人、参与、内国事務掛)
⑥関義臣(福井藩士、海援隊士、徳島県知事、山形県知事、貴族院議員)
  村田氏寿(福井藩士、福井藩大参事、内務大丞兼警保)
 
式典を前に、オープニングパフォーマンスが催されていました。
先ずは、福井城跡内堀に面している市立順化小学校の児童が福井藩出身の東京美術学校長・美術運動家である岡倉天心の生涯を、手作りの年表などで紹介する「天心先生に捧げる詞」を発表していました。
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次に、藩校明倫館の開校年を設立としている、県立藤島高等学校弦楽部の演奏です。
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午後3時から、式典開会。
福井県知事と福井市長の祝辞。
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式典が終わるまでは、御廊下橋の両詰は厳重なる完全封鎖されていましたよ。
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開門の後、来賓が先に山里口御門の「通り初め」を。
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我々一般人は、その間は和田八幡宮風陣太鼓の演奏を楽しんでました。
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また、松平春嶽公が乗った日本初の自転車「ピラスビイデ独行車」の復元車も展示されていたので、ジックリ観察しました。
春嶽公が安政の大獄で隠居・謹慎処分を受けている文久2(1862)年2月に、家臣・佐々木長淳が組み立てた「独行車」に楽しく乗り回した、、、という記録があるとのこと(「桜田門外の変」を受けて謹慎処分解除になったのは文久2年4月)。
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福井県は「自転車利用促進」を図るためのシンボルとして復元したとのこと。
サイクリングを趣味にしている私としては、、、サイクリスト視点におけるインフラをもっと充実してほしいと望むところです。

いよいよ、私たち一般人も山里口御門へ向かうべく、御廊下橋を渡ります。
裏側に私の名前が記載されたヒノキ板も健在です。
※ちなみに、御廊下橋と山里口御門が復元される前の状態はこちらを参考にしてください。
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御廊下橋を渡って、ここからが今回復元された山里口御門の紹介。
「枡形門」と呼ばれる構造の門で、まず正面に鉄砲狭間がある土塀に突き当たります。
腰板石には「ツル目加工(表面をツルハシで斜めに付けた筋模様)」された笏谷石(福井産の青緑色が特色の凝灰岩。柴田勝家の北ノ庄城丸岡城の瓦や鯱、半木半石時代の九十九橋歴代福井藩主の廟所・千畳敷にも使用)の板石が張られ、土塀内部には砂利が込められた強固な造りになっています。
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「枡形門」最初の、棟門へ。
棟門前には、山里口御門の説明板があります。
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山里口御門周辺の石垣は、復元工事の際に解体と積み直しを施し、再利用できない石は笏谷石に近い竜山石(兵庫県高砂市産)で置き換えているとのこと。
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棟門を通って、枡形の中へ。
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枡形から、櫓門を眺めてみます。
北陸地方の城で桝形門というと、金沢城石川門が代表格で立派ですが、、、石川門は「城外からの裏門」、山里口御門は「二の丸(山里丸)から本丸への門」、防御を考えると規模の違いも明確です。
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櫓門を通って、本丸内へ進みます。
写真を撮ったりする人と、櫓門内の見学をしようとする人でいっぱいです。
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拝観の混雑が少し捌けてきたので、櫓門へ入ってみます。
実は私、昨年11月25日に完成内覧会に参加しているので、初見ではありません。
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武具庫として利用していた櫓門の内部は、、、福井城や山里口御門、春嶽公を中心とした偉人の展示をしています。
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櫓門内から眺めた、枡形内と棟門の外。
御廊下橋という「点」だった状態から、山里口御門へと「導線」になったことを実感します。
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櫓門を後にします。
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久しぶりに、天守台へ向かってみます。
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以前の「福の井」の記憶しか無かったので、、、井戸屋形の設置や、井戸の石積みや枠を福井地震前の大きさに復元していたのは(整備した昨年4月は病気療養中だったため)知りませんでした。
井戸枠は、元々あまり大きく無かったことを初めて知った次第。
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天守台の南半分へ。
式典会場を、そして山里口御門と御廊下橋を眺めてみます。
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天守台から一段降りたところだと、間近に山里口御門を眺めることができます。
この笏谷石の瓦の中に、裏側に私の名前が記載されている瓦があるはずです(瓦の揮毫会には療養中のため委託を依頼しました)。
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天守台を後にして、いつの間にやら人気が無くなってしまった山里口御門と御廊下橋を通って、本丸の外へ出ます。
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内堀の側から、改めて御廊下橋と山里口御門を眺めます。
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最後に、ちょっと引いたところからの眺め(ホントはもっと引いたところから撮りたかったが、歩道工事中のため中途半端…)。
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10年前に「徐々に復元していって欲しい」という願望を記事で表しましたが、大きな前進を果たしたと感じています。
また、福井市役所北側の中央公園は、福井城跡と歴史を感じさせる様な整備を実施中です。
ぶっちゃけた話、、、県庁・県警や市役所を動かして本丸内の復元と内堀周辺の整備を果たすぐらいすると、他県や海外からの観光客に自信を持って誇れる「福井城公園」となるのではと個人的には考えます。
無茶苦茶な願望と思っていますが、それぐらいの計画を示さないと北陸新幹線福井駅から出た観光客はあっという間に別のところへ移動しちゃいます…。

山里口御門の復元完成を果たしたこの日、福井鉄道福武線・市役所前駅は「福井城址大名町駅」に改称されました!
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by chiketas | 2018-03-24 17:30 | 越前若狭をぶら~り | Trackback | Comments(0)
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