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楽しみは「ぶら~り旅」にて見聞き知り、備忘録にて残す時。

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ストレス解消に、気ままなぶら~りと黄色いアウディA4&青いジャイアントESCAPE AIR→青いルノーカングー&青いトレックEMONDA ALR5レポ。

島原の置屋と揚屋を拝観・前編

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京都・島原に現存する唯一の置屋と、島原開業以来現存する唯一の揚屋建築遺構を、、、一度拝観してみたいと数年前から願っていたところ、この夏に叶うことが判明したために3連休最終日に特急サンダーバードにて上洛を果たしました。




7月下旬から拝観期間が始まったのですが、、、3つの理由があって9月15日に上洛日とした次第。
ひとつ目の理由は、真夏の暑さを避けるため。

二つ目の理由は、、、特急サンダーバード&しらさぎにおける、車内販売営業最終日だったことです…。
もうこの光景をサンダーバードとしらさぎの車内で見ることはできません。
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私はいつも、コーヒーを買っていました。
もちろん、今回も。
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個人的には大変寂しい限りで残念至極だという気持ちがありますが、、、車内放送で「本日で営業を終了いたします」とアナウンスがあっても、他の乗客からの反応がほぼ皆無だった様子を見ると、致し方ないのか~と妙に納得してしまったものです…。

京都駅に到着、天気に恵まれました。
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京都市営バスの206系統に乗車、、、というと、大人気の東山へと思われがちですが、私が乗車するのは千本通方面を先に行く時計回りのルート。
しかも循環ルートではなく、北大路バスターミナル行でしたので、乗客は少なめでした。
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大宮通にある島原口バス停で下車し、花屋町通を西へ進みます。
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壬生川通の交差点を通り過ぎて行くと、、、
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左・右と進んだところにあるのが、京都市登録有形文化財・島原大門(しまばら おおもん)です。
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この柳の木は「出口の柳」、竹垣は「さらば垣」と、それぞれ名前が付いているとのこと。
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高麗門であるこの大門は、慶応3(1867)年に建てられたもの。
この地には、島原に通じる東門として明和3(1767)年に設置されました。
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島原大門を過ぎて、かつての京都の花街・島原へ(「島原」という住所では無い)。
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最初の十字路を右に曲がったところにあるのが、、、今回第一の目的地であり、唯一置屋(兼 お茶屋)として現存しかつ営業している『輪違屋』(京都市登録有形文化財)です!
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拝観開始時間前に到着したので、しばし外観を観察です。
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「髙」の字は、輪違屋当主の「高島家」の高です。
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玄関周りのあちこちに、輪違屋の印が施されています。
現在でいう、トレードマークそのものですね。
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輪違屋が特別公開するのは、実に10年ぶり。
この機会を逃すと次はいつの日か、、、と思ったのも事実です。
ということで、普段は「観覧謝絶=一見さんお断り」な建物内に入ります(拝観料600円)。
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靴を脱いで、上がります。
玄関内にも、輪違屋の印。
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養花楼」とは、元禄元(1688)年に創業した時の店名で、184年間掲げていました。
店の名の通り、花となるべく芸妓を太夫にすべく教育を施した場所(現在に例えると「芸能事務所」かと)に相応しいところです。
明治5(1872)年に、置屋 兼 お茶屋(芸妓や太夫との遊興・飲食の場)として「輪違屋」と店名を変えたのです。
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ここにも輪違屋の印が。
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窓を内側から見る。
何となく、やさしい光に感じます。
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順路に従い、輪違屋の印が入った暖簾の先を進みます。
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狭いながらも素晴らしい庭園と、「主の間」と呼ばれる座敷へ。
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商売をしているところは、必ず神棚かお宮さんが鎮座しています。
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きっちり作りこまれている縁側。
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縁側を曲がった先にも、庭園は続いています。
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「主の間」から延びる屋根は、庇が異様に延びていますが、、、それを支える柱はありません。
座敷から見える庭園の邪魔にならないようにするため、あえてそういう構造で造られたとのこと。
庇の上を見ると、光を取り入れるための工夫が成されています。
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座敷に入ります。
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観光ボランティアの方から、「主の間」についての説明を受けます。
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説明を受けて、再びじっくりと拝見します。
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床の間を見ます。
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この掛け軸は、幕末の三井家(三井財閥の一族)当主が書いたものとのこと。
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襖に貼られているのは、太夫たちが贔屓のお客に向けた書いた恋文の下書き。
営業努力と言い換えるには、粋なモノ。
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逆側の襖にも、恋文の下書きが貼られています。
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「太夫」というのは、傾城(お上から許可を得た遊宴の場で接待する芸妓)の最高位。
美貌はもちろんのこと、歌舞音曲の芸をはじめ、茶道、華道、和歌や俳諧などを身に着けた教養高い存在です。
故に、朝廷から「正五位」を叙位されて、御所に出入りできる存在でもあります。

島原でよく言われるのが、「島原は花街であって遊郭ではない」「島原には太夫はいるが花魁はいない」。
江戸の吉原では、遊郭にいる花魁が「色を売る」。
京の島原では、花街にいる太夫が「芸を売る」。
この辺を間違えると、島原では非常に嫌がられます(確かに、客に提供するものが全く違うから)。

恋文が貼られた襖の隣にあるのが、、、新選組局長・近藤勇の書を金屏風に仕立てたモノ。
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何て書かれているの?って質問がありましたが、、、答えが返ってこないんです。
どうやら、、、現代でいうセクハラな内容らしい…です。

もうひとつ、小さな庭園があります。
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この灯篭には、小さな像が彫られています。
マリア像が彫られたキリシタン灯籠、修行に明け暮れた未来の太夫の支えだったんでしょうか?
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「主の間」では、この店に所属することになった女子が当主と対面する場所であったとのこと。
現在では、お茶屋として宴会をこの座敷で行われていますが、、、長く置屋で営業してきたので、食事は外注で取り寄せると観光ボランティアの方は仰ってました。

縁側から、「主の間」を退出します。
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波の姿が彫られている、と解釈したのですが。
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輪違屋の見どころ、二階へ向かいます。
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階段を含めた二階は、写真撮影厳禁となっています。
チラっと写真で捉えらることができた、手摺の百日紅が大変見事でした。
それ以上に見事なのが、、、二階の3つの部屋。

そのうちのひとつ、「傘の間」のこの写真は、玄関前に設置していた特別公開を示す看板を撮ったものです。
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右側の道中傘が日傘、左側の一回り小さい道中傘が雨傘。
襖に銀箔が貼られ、その上に本物の日傘と雨傘が貼られています。
これが2組あるのだから、豪快な眺めです。
ちなみに、、、太夫道中の際に日傘を太夫がさす事は無く、帯同する2人の禿が傘を持ちます。
雨傘は、太夫が自ら手をもってさすものとのことです。

もうひとつの部屋は、「紅葉の間」。
本物の紅葉がたくさん、壁に塗りこんでかたどっている様は粋そのもの。
床の間には、桂小五郎(木戸孝允)によって書かれた掛け軸があったのも鳥肌モノでした。

この2つの部屋は、当主家族の部屋とのこと(「主の間」とごちゃごちゃになりそう…)。
もうひとつ、「太夫の間」があり、、、太夫の控えの間として使用しており、見事に綺麗な打掛がカーテン代わりに掛けられていました。
現在、輪違屋には5人の太夫さんが現役で活躍しています。
特別公開の期間でも、普段と変わらず午後5時から輪違屋は一日の営業を始めます(そのため、輪違屋だけは他の特別公開よりも早い15時30分に拝観受付終了となる)。

二階から降りて、輪違屋を後にします。
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一旦、輪違屋の北へ向かいます。
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少し行ったところにある、石碑。
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明治6(1873)年から平成8(1996)年まで存在した、島原歌舞練場の跡地に建てられた「歌舞練場跡記念碑」です。
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歌舞音曲の練習発表の場として、島原のお茶業組合の事業所として運営されてきましたが、組合の解散に伴って解体されたとのこと。
格式が高い島原よりも、観光客が集まりやすい祇園や先斗町の方が賑わいを増してきたため、お茶屋・芸妓・太夫も集まるようになってしまったのです。

来た道を戻り、輪違屋の建物を眺めながら花屋町通へ。
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少し早いお昼時、ランチをどこかでと思い、、、島原大門を通って「出口の柳」を横目に花屋町通を東へ。
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壬生川通の交差点を過ぎたところ、来る途中に見つけた洋食店『トマトさん』へ、大きな暖簾を潜って入店しました。
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注文したのは、「るんるんランチ(1200円)」。
和牛ハンバーグとエビフライのコンビで、ボリュームあるランチは、、、久しぶりに京都の街を歩く私としてはエネルギー充填にちょうど良くて美味しかったです!
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この時点で12時過ぎ、再び壬生川通を過ぎて花屋町通を西へ向かいます。

続きます。。。
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by chiketas | 2014-09-15 18:51 | 上洛してぶら~り | Trackback | Comments(0)
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