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楽しみは「ぶら~り旅」にて見聞き知り、備忘録にて残す時。

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ストレス解消に、気ままなぶら~りと黄色いアウディA4&青いジャイアントESCAPE AIR→青いルノーカングー&青いトレックEMONDA ALR5レポ。

旧北陸道をぶら~り巡る・細呂木~嫁威編

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越前・加賀の国境から下って細呂木集落で一息ついたところで、再び南に向けて先を進むことにしました。
正直な話、ここで今日の歩きぶら~りを終えたい気持ちではありましたが、、、細呂木集落とJR細呂木駅は3kmほど離れている。
この時点ではまだ体力があったので、旧北陸道ぶら~りを続けることにした次第。
観音川に架かる細呂木橋を、JR細呂木駅がある(けどここからは見えない)方向を眺めながら渡りました。




細呂木橋を渡った南詰に、「細呂木関所跡」の石碑と説明板がありました。
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大聖寺の関所が越前松平家に対してのモノですが、当然ながら細呂木関所は加賀前田家に対してのモノ。
特に、鉄砲と女の改めが厳しく詮議していたとのことです。

細呂木集落の中を通ります。
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突き当たりを右へ曲がります。
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商店の軒先にあった自動販売機で、停留所で飲み切ってしまった水分を確保しました。
大聖寺を出てから、久しぶりに見る自販機だったので…。
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またも突き当たりを道なりに左へ、集落内で右へ左へ曲がるように街道を設定したのは、防御の為でしょうか。
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切り通しの上り坂を進みます。
「のこぎり坂」の麓にあった親鸞歌碑は、2年前までこの切り通しの崖の中腹にあったとのことです。
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坂を上り切ると、田圃が広がる光景を見渡せます。
江戸時代は、この田圃ほとんどが北潟湖だったらしく、故に旧北陸道は坂越えのルートとなったようで。
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坂を下ります。
右の石碑は、細呂木一里塚があったことを示す碑で、やはり南無阿弥陀仏の文字が刻まれてました。
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この辺りで、大聖寺を出発して3時間経ちました。

坂を下り切ったこの直線道路は、土地改良の結果造られた道。
旧北陸道の道筋としては、一里塚跡からグネグネに曲がって設けられていた様ですが、、、見る影もありません。
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唯一、蓮ケ浦集落の中途半端で途切れた斜めの道が、以前の旧北陸道の名残りかと思われます。
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r29をしばし歩きます。
先ほどの斜めの道をずっと延長した先に、蓮ケ浦集落へと延びる旧北陸道があるので、そちらへ進みます。
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蓮ケ浦集落の中を進みます。
西から合流する斜めの道の先には、北潟湖にあった船着場へ向かう道だったとのこと。
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またもや、山の中の坂道を進みますが、、、細呂木以南の山の中の道は、ボーボー道で無いのが嬉しい。
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r120を横切って進みます。
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まだ上ります…。
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上り切ったところに坂口集落があり、中を進んで行きます。
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道路脇にあった、この石は人工物に見えるんだが、、、いったい何?
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集落の外れには、宝筐印塔やお地蔵さんがいくつも存在します。
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再び、r29に合流です。
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ここから、長い距離をr29で歩き続けます。
r29は自動車の往来が激しい割には路側帯が無いに等しいので、右側通行を順守して進みます。
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右手に木々が茂っているところがあります。
嫁威集落にある八幡神社の境内に「嫁おどし谷」伝説の石碑が立っています。
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蓮如上人が吉崎御坊において説教をしていたころ、(後で通る)山十楽の百姓夫婦は上人の高徳を慕って吉崎通いをしていた。
無信心な姑は稼業の妨げと邪な気持ちから、嫁の吉崎通いを止めさせようと鬼の面をつけて帰りの道中を待ち伏せして脅したが、嫁はそれを振り切って行ってしまった。
姑は失敗を残念ながら面を取ろうとしたら、顔の肉にくっついてしまってどうにも取れなくなった。
家に帰った嫁は、夫に途中で鬼に遭遇したこと、姑が居なくなっている事を相談していると、鬼面を被った姑が帰ってきて懺悔し始めた。
夫婦は姑を蓮如上人のところへ連れて行き、教化を受けて姑は懺悔したところ、全く取れなかった鬼面が取れて落ちた。

という話を、私も小学校の時に聞かされましたね。
遠足で吉崎御坊を訪れた時に、姑の顔から取れた「肉付き面」を拝見しましたが、、、吉崎に存在する2つの寺院、本願寺派の吉崎寺にも、大谷派の願慶寺にも、どちらにも「肉付き面」があるんですよ…。

それはさておき、、、伝説からこの辺りの集落は「嫁威」という地名になった由緒あるところです。

嫁威には二又がありますが、r29を道なりに進みます。
いよいよ、この辺りで一気に疲労が増してきたところ…。
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もうひとつ続きます。。。
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by chiketas | 2014-04-19 13:55 | 旧街道を歩いてぶら~り | Trackback | Comments(0)
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