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「吾唯足知」な日々・ぶら~り駆け巡る日々

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「童夢 ”ゆめ”を”かたち”に」・後編

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高原書店の最終営業日への再訪を経て、アウト ガレリア ルーチェが開催している「童夢 ―”ゆめ”を”かたち”に―」にて浮谷東次郎の伝説の「カラス」を拝見した後は、、、順路に従って、「DOME-ZERO(童夢-零・1978)」。




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童夢-零は、一時期レース界から離れていた林氏が、従兄弟の林将一氏が経営するハヤシレーシングの一角を間借りしてプロジェクトが発足、ハヤシレーシングのホイールがヒットして売れたことによって準備資金が投資されました。
プロジェクトには、ボディデザインに林氏と由良拓也氏(現・ムーンクラフト代表、父は生沢徹氏・本田博俊氏の大学の恩師)、モノコックは三村健治氏(現・エムアイエムデザイン代表、マキF1発足者で、鮒子田寛氏はマキF1でF1エントリーした初めての日本人となった)、サスペンションは小野昌朗氏(現・東京R&D代表・三村氏とともにマキF1に参画)と、当代レース界最高のデザイナー・エンジニアが集結しました。
3年前からプロジェクトが始まり、風洞実験を取り入れつつもパーツひとつひとつに至るまで美意識の高いデザインに仕上がったこの童夢-零は、第48回ジュネーブショーで衝撃のデビューを果たします。
最初は会場の片隅にブースが置かれましたが、反響の大きさからすぐに目抜き通りに場所が移され、世界中のセレブリティから20台前後の予約オーダーが寄せられたのですが、、、国内での型式認定取得を前提に法規に合わせて製作されていたにも関わらず、当時の運輸省からは申請すら受け付けられず、市販されることなく終わった「幻の国産スーパーカー」となりました。
しかし、プラモデルなどの商品化申請は多岐にわたりあり、そのロイヤリティーが億単位で入ってきたので、京都市内に初めて社屋を建てることができました(現在、リンク先のこのレストランは営業していません)。

童夢-零と「カラス」を一緒に撮ってみました。
この間13年、林氏に紆余曲折あったのは自伝『童夢へ』に詳しくあります。
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壁面には、「カラス」前後の林氏の動静から童夢の歴史が画像と説明のパネルで構成されています。
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特に、この「カラス」と浮谷東次郎の写真は、結構貴重なモノです。
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童夢-零のミニチュアとデザインスケッチ。
主要4名のデザイナー・エンジニアは、私生活も(冗談でも笑えない)犠牲にするほど大変な時間を費やして、レーシングカーしか携わったことの無い中で当時最高のスーパーカーを形にする夢を持ってプロジェクトを進めていったとのこと。
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展示スペースの左側から見た光景です。
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童夢-零の横に展示しているのが、「MACRANSA(マクランサ・1966)」。
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ホンダS600の市販レーシングボディキットで、これには先述の三村氏も関わっています。
エンジンチューンするよりは安上がりだったため、実際に20台分がホビーレーサーが購入して、各々が更に改造してレースに出場していたとのこと(その中には三村氏がドライバーとして参戦したと)。
「マクランサ」というのは、実弟・正史氏とともに設立した会社の名前です。
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童夢設立当初でしょうか、若かりし頃の林氏をはじめとする面々と、童夢-零。
このパネルが、郵送されてきたDMの裏側に記載されていました。
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次に、4年前に童夢の元社屋を利用したレストランでもお目にかかったことのある「DOME P2(童夢P-2・1979)」。
日本の運輸省が型式認定取得の申請すら受け付けてくれなかったため、北米で認定取得を目指すべく、保安基準が違うために設計を全てやり直したモデル(故に「零」とは互換性が全く無い)。
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1979年のシカゴ・オートショーとロサンゼルス・オートエキスポに出品したものの、童夢-零の商品化申請をした玩具メーカーが「次のモデルを!」とリクエストした際に「スーパーカー立て続けでは飽きられるから、次はレーシングカーにしましょう」と提案し、ル・マン参戦プロジェクトを発足して(本来の林氏の目的であったであろう)レーシングカー制作に舵を切って、童夢P-2プロジェクトは消えてしまいました…。
しかし、ここからレーシングカーコンストラクターとして今に至る童夢の歴史が始まるのです。

最後の一台は、「PANIC(マクランサ-パニック・1971)」。
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当時のJAFのフォーミュラ・ジュニア(FJ)であるFL500用のマシンとして由良氏との共同作業で開発されました。
鈴鹿RSCのガレージにあった、ホンダN360の耐久テスト用エンジンを借りて最初で最後のレース参戦を果たしています。
現実には、資金が無くてもうFJのマシンしか作れないといった状況で、これを最後にコンストラクター・マクランサとしての活動に幕を引いて、林氏はモータースポーツ界から一旦離れて工業デザイナーとして過ごすことになります。
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パニックの後側から、奥のパネル方向の光景です。
林氏のインタビュー映像も、常時映し出されています。
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童夢-零と童夢P-2の方から、展示ホール左側を見た光景です。
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童夢-零をはじめとした、貴重な写真や資料が展示されています。
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童夢-零・童夢P-2開発中の、貴重な写真。
今回初めて公開する写真もあるとか。
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市販化されなかったものの、商品化された様々な童夢-零。
私も見覚えがあるものもあり、懐かしい気持ちになりました。
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童夢P-2のデザイン図でしょうか、北米の保安基準に合わせるためバンパーやヘッドライトの位置を上げたりしたが、デザインを崩すことの無い様にしたために「零」とは互換性が無いほどの設計やり直しになりました。
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空力関係の資料のようです。
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童夢-零の写真や透視図です。
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童夢設立前の、林氏のスケッチです。
ご自身の歴史がこのように資料として残っているというのは、ホント凄いことです。
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展示スペースの最も右側から見た光景です。
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ショップも、童夢関連特設コーナーを設置して充実の品々でした。
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最後に、もう一度「カラス」を眺めて、アウト ガレリア ルーチェを後にします。
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復路も、一般道を主に通ります。
初めて通る人は「?」になりかねない、中央にバス通行レーンと停留所がある出来町通を通り、、、
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ガイドウェイバス(バス専用路線として半自動運転を可能にした新交通システム。地上に下りたら通常運転のバスとして運行)のゆとりーとラインの下を通って、、、
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R22→r18「美濃路」から濃尾大橋を渡って愛知県を後にし、R21→R365を経て長浜ICから北陸道を通って福井に帰りました。
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社会復帰のためのプログラムを受けて医療費が嵩み、休職のため冬の賞与が0円である現状からすると、、、今年の遠出もこれが最後かなと思います。

今回訪れた「童夢展」も、写真では伝わりにくい素晴らしい展示車と展示品の数々だと改めて断言できます!
クリスマスの日まで開催されていますので、興味のある方はレーシングカーコンストラクターとしての「童夢」になるまでを、あるいは浮谷東次郎が林みのる氏を信頼して初めて日本のモータースポーツ界に「空力」を持ち込んだ情熱の塊を、是非見ていただきたいと願うばかりです。。。
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by chiketas | 2016-11-23 17:30 | 私の車でぶら~り | Trackback | Comments(0)
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