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「吾唯足知」な日々・ぶら~り駆け巡る日々

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ストレス解消に、気ままなぶら~りと黄色いアウディA4&青いジャイアントESCAPE AIR→青いルノーカングー&青いトレックEMONDA ALR5レポ。

「童夢 ”ゆめ”を”かたち”に」・前編

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1通のDMカードが、アウト ガレリア ルーチェから送られてきました。
これを目的に、心身のリハビリがてら名古屋まで足を延ばしてみることにしました。




医療費がかなり費やしている日々なので、一気に高速道路でという訳にはいかず、、、北陸道・長浜ICからは一般道でR365→「薩摩カイコウズ街道」を経て、長良川と木曽川を一気に渡る東海大橋から愛知県入りです。
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外堀通りに繋がる庄内川に架かる豊公橋を渡って、名古屋市に入ります。
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久しぶりの名駅通、名古屋駅東口の変貌がパッと見でも分かりました。
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沿道の紅葉・黄葉が素晴らしいと感じた若宮大通→R153を経由して、、、
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昨年6月以来の再訪となる、高原書店に来ました。
今回の再訪は今のクルマであるカングー・ゼン6MTでのドライブでしたが、前回来た時は某ルノーディーラーで初めてカングー・ゼン6MTを試乗した時でもありました。
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この日の高原書店は、店舗営業としては最終日。
即ち、閉店の日だったのです。
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思えば、私はプジョー106S16に乗り始めて、日進市に店舗があった頃から年に一度以上は訪れていた『クルマの書店』だけに、店舗営業を終了するというのは感慨深いです。
今後は、通信販売での営業となるとのこと、血眼になってキャビネットから掘り出し物のカタログ無いかなぁ~という買い方はもうできません。
ただし、買い取り事業も引き続き行うということなので、Web上で欲しいモノを探すという形態になります。
これも、時代の流れなのでしょうか…。

私も掘り出し物を探して手に入れようと思っていましたが、やはり最終日となると考えていたモノは既に無く。
ちょっと引っ掛かったカタログ?を一つ購入して、高原書店を後にしました。
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名二環道の側道であるR302を経て、、、
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やはり昨年6月以来の、「アウト ガレリア ルーチェ」に到着。
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営業時間開始(12:00)直後に入館です。
ホント、ここは入館無料というのが凄いと思います。
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今回のテーマは「童夢 ―”ゆめ”を”かたち”に―」。
レーシングカーコンストラクター・童夢の創業者である、林みのる氏(アウトガレリアルーチェでは「ミノル」とカタカナ表記でしたが、私はひらがな表記にて)が「レーシングカーコンストラクター」に至る直前までのキャリアを、5台の展示車両で見ることができるのです。
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展示スペースを左から右へ見ると、、、
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私の最大の目的はこのマシン!
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林みのる氏が「最初のクライアント」浮谷東次郎から依頼を受けてホンダS600を軽量化・空力対策を施した「KARASU(カラス・1965)」。
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第3回(1965年)日本グランプリの中止が早々にアナウンスされる中、トヨタワークスのエースドライバー・式場壮吉氏(東次郎と同郷の千葉県市川市出身・「スカイライン伝説」のもうひとりの立役者かつ船橋CCCレースGT-Ⅱ】レースで東次郎が優勝したロータス・エランのオーナー、今年5月17日にお亡くなりになられたと後でお聞きした次第…お悔やみ申し上げます)は引退、東次郎のライバルかつ親友の生沢徹氏は在学中の日本大学の卒業制作にかかっている中(東次郎は日大中退)、東次郎ひとりは鈴鹿サーキットを千葉から通ってスポーツ走行練習をしていました。
そんな時に知り合ったのが、「京都の3人組」鮒子田寛氏(現・童夢副社長)・横山靖史氏(故人・2006年10月にお亡くなりになりました)・林みのる氏(現・童夢特別顧問)でした。
この3人と東次郎が取り組んだオートスポーツ誌第4号に掲載された『ホンダS600による-スズカのドライブ・テクニック」は、長らく鈴鹿サーキット攻略のバイブルとして、今ではモータースポーツ誌の古典として、日本モータースポーツ界では有名です。

そんな中、5月30日に第2回クラブマン鈴鹿レースミーティングが開催されることが決まり、4月末にレーシングドライバーを志す鮒子田氏を通じてカーデザインの道を志す林氏に東次郎自身のホンダS600の改造を全幅の信頼を持って依頼しました。
レースまで約1ヶ月足らずのタイミングでしたが、林氏は経験が無い・作業場所が無い・金が(東次郎も)無い・時間が無いの無い無いづくしの中、ギリギリで間に合わせてホンダS600改を(とりあえず)完成。
東次郎の親友で既に林氏とも交流があった本田博俊氏(ホンダ創業者・本田宗一郎氏長男で、無限(現・M-TEC)創業者・元代表取締役)が、粗を隠すためにつや消し黒のペンキを買ってきて、みんなで刷毛で手作業で塗ったところで名付けられたのが「カラス」です。
このカラス、クライアントでレーサーの東次郎・制作者の林氏・東次郎のプライベータ―参戦ということで助けた本田氏・鮒子田氏・鈴木正士氏(元F1レーサー・鈴木亜久里氏の父)が関わった、本当の伝説の車です。

(何とかギリギリ撮れた)前からのショットです。
千葉ナンバーが貼り付けられている場所には、エアダクトの穴が開いているはずです。
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斜め左前からのショット。
当時の市販車には無い、空力を考慮したFRP製「ノーズコーン」が装着されているのが分かります。
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左真横からのショット。
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この時代の600cc車なので、、、ブレーキは前後ともドラム、タイヤサイズは前後とも155/80R13。
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左ドアウィンドウから見た車内の様子、ガラスの映り込みがあるが何とか分かるかな…。
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斜め左後からのショット。
やはり、当時の市販車には無い、空力を考慮した「ファーストバック」のハードトップが特徴的なこの角度からの「カラス」が、私にとっての一番好きなショットですね。
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リアフェンダーにはNGKスパークプラグのステッカーが貼られているが、これはレース出場時にも貼られていたことが童夢HPの写真からも分かります。
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後からのショットです。
リアウィンドウは、ガムテープで補強されていました。
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そのリアウィンドウから見た、車内です。
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軽量化のため、トランク部分は取り外されています。
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斜め右後からのショットです。
突貫工事で制作されたとは思えない、何とも言えないファーストバックの曲線が良い感じです。
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アルミ製のスポイラー、やはり空力を考慮したパーツだが、、、どれだけ効果があったかは?
それでも、日本モータースポーツにおけるモディファイ・パーツとしての先駆けになったのは事実。
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右真横からのショットです。
右側にだけ、フェンダーミラーが付いています。
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右ドアウィンドウから見た、車内です。
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右斜め前(とはあまり言えない角度だが)からのショットです。
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「カラス」のバックには、当時の写真がパネルになっています。
左側の3人は左から林氏・本田氏・東次郎、右側の3人は左から東次郎・鮒子田氏・林氏(のはず)。
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「カラス」完成時、東次郎は家族ぐるみで親交があった本田宗一郎氏の自宅へ「カラス」を見せに行って、さち夫人はその姿に苦笑いで呆れ返ってしまったそうです。
また、トヨタ・ワークスの東次郎がホンダ車でレースエントリーすることが問題視されましたが、、、まだその時はトヨタにGT-Ⅰクラスにエントリーし戦闘力のあるクルマは存在してなく(スポーツ800は3月に市販開始されたばかりの状況で、ダブルエントリーの【T-Ⅱ】クラスはトヨタ・ワークスのコロナでエントリーし優勝)、私的活動としてトヨタ側に認めさせたという東次郎の行動力も、当時としては型破りでした。
レース前日に鈴鹿入り、軽量化し過ぎて規定の重量まで砂袋を載せて車検をパス
東次郎はこの「カラス」で【GT-Ⅰ】クラスをホンダ・ワークスのS600を打ち破って優勝、ベストラップも記録しています。
「鈴鹿のカラス」の制作者として、一躍林氏の名前が日本モータースポーツ界に知られる様になりました。

ちなみに、、、東次郎のライバルで親友の生沢徹氏は、2人で示し合わせて星の潰し合いを避けてこのレースに【GT-Ⅱ(ホンダS600・やはりプライベート出場)】と【T-Ⅰ(プリンス・ワークスのスカイライン)】のダブルエントリーしどちらも優勝、表彰台のてっぺんは東次郎と生沢氏が代わりばんこに立って観客の笑いを誘っていたのです。
そして、「鉈とカミソリ」と呼ばれた東次郎と生沢氏のガチンコ勝負は1ヶ月半後の「船橋CCCレース」にて伝説が生まれるのです。

これまで、全くこの「カラス」にお目にかかるチャンスが無く、これは何としてでも間近で見たい気持ちで足を延ばした次第です。
先週後半から体調不良でしたが、、、この「カラス」に会えて、来て良かった!と思いました。
この「カラス」、東次郎が鈴鹿サーキットでステアリングを握ったそのモノでは無いですよ…。

後編に続きます。。。
 
 
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by chiketas | 2016-11-23 12:30 | 私の車でぶら~り | Trackback | Comments(0)
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